2011年06月30日

はるか昔の妊娠への認識 『甲乙経』

前回と同じく西晋の時代、皇甫謐(こうほひつ)が
鍼灸医学書である『黄帝三部針灸甲乙経』を著しました。

『素問』『霊枢』『明堂』という書を身体の部位・病気・事項別に再編集したものです。


皇甫謐は若いころは遊んでばかりいましたが、叔母の諌めにより、
それからは様々な学問を修め、著書も残しました。
後に『甲乙経』をつくります。
ものすごい読書家だったそうです。



その『甲乙経』には
「絶子灸臍中、令有子」(臍に灸すれば子を得られる)
「女子絶子、衄血在内不下、関元主之」(絶子は瘀血が下らないため。関元に鍼をする)


等の記載があります。


当院での臨床にあてはめると、
冷えのある方や、お腹を触って硬い方に不妊症の方がとても多いと感じています。


例えばこんなお腹ですね。
あなたは冷え症ですか?お腹の状態はいかがでしょうか?
こういうタイプではよくお臍の灸をすることがあります。
知熱灸というあったかくて気持ちいいお灸です。興味のある方は知熱灸を参照してください。
瘀血(おけつ)については、冷えのぼせ(頭が暑いが足は冷えている)・肩コリ・便秘・頭痛などを訴える方が多いです。
他にも書きたいことがたくさんあるので、瘀血についてもいつか書きたいと思っておりますが、こちらも不妊症では多くいらっしゃいますので今気になっている方はお電話下さい。


古典を勉強すると色々な事が見えてきてとても楽しいです。


古典と不妊治療 そあら鍼灸院


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2011年06月28日

はるか昔の妊娠への認識 『脈経』

歴史年表
前回の続き。
次はこのような流れです。


晋       AD265
南北朝時代   AD439
隋       AD589  
唐       AD618


今回は『脈経』より。
『脈経』は3世紀後半ごろ王叔和により編纂されました。

脈診をはじめとする総合医学書です。

実は以前の記事に少し話が出てきました。




脈経にこんな記載があります。

「不妊症の歴史」小野 正弘 たにぐち書店 より

「婦人の少腹部が冷えて、悪寒が長く続く。若い人がこの病になると子が無く(無子)、年齢の高い人がこの病になると一生子どもが産めない(絶産)」と不妊症の原因を解説し、また、「脈が微弱で渋。若い人がこの脈になると子が無く(無子)、中年の人がこの脈になると一生子どもが産めない(絶産)」とのべ、脈診による不妊症の理論を明らかにした。


そあら鍼灸院
ラベル:古典 脈経
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2011年06月23日

はるか昔の妊娠への認識 『傷寒雑病論』より

後漢の終わり、200年ごろに、『傷寒雑病論』を

張仲景(ちょうちゅうけい)という人が著しました。

CIMG1575.JPG

『傷寒論』(しょうかんろん)と、『金匱要略』(きんきようりゃく)に分かれており、2つを併せて『傷寒雑病論』といいます。
元々は一つの書でしたが、その後再編され『傷寒論』から切り離されて『金匱要略』が生まれました。


傷寒とは急性熱病のことで、現在でいうインフルエンザなども含まれます。
知っている人は知っているかもしれませんが、「チャングムの誓い」というドラマでも、
傷寒症の話が出てきます。


張仲景はこの傷寒により、一族の多数を失ったため『傷寒論』を記したといわれています。


そして『金匱要略』には雑病について書かれています。
その婦人雑病脈証併治第二十に、不妊症の薬のことや、
なんと男性不妊について出てきます。


男性不妊もこのころには認識されていたんですね。


東京 そあら針灸院
ラベル:古典
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